by 岡崎久彦 on 2013年1月 8日
安倍晋三内閣の成立を迎えて、内外に、日本の右傾化を懸念する声があるという。
<<まだまだ平和ボケを脱せず>>
私にはどうもそれが理解できない。客観的に見て、日本は右傾化どころか、まだまだ、世界の常識からはずれたパシフィスト(日本語の平和主義者より、やや悪い意味がある)国家だと思っている。
それは国際的に比較してみればすぐわかる話だと思う。冷戦期、ソ連の脅威が厳しかったころ、「あなたは日本を守るために戦いますか」という世論調査とその国際比較があったように記憶する。
記憶に頼る古い話なので不正確かもしれないが、世界の平均が80%ほどだったとすれば、日本の場合は50%をはるかに下回っていた記憶がある。
現在もう一度世論調査をすれば、おそらくは50%を超えているかもしれない。それでも、国際水準より遥(はる)かに低く、右傾化というよりも、正常化、あるいはまだパシフィストから抜けきっていないという結果が出るであろう。
同時に、私が年来日本の政治学者に解明してほしいと思っているのは、右傾化ではなく、日本における右翼運動の凋落(ちょうらく)現象である。
日本における右翼運動の歴史は長い。明治の頭山満、昭和初期の大川周明、北一輝からの伝統があり、戦後も、本命右翼といわれた大東塾、赤尾敏の大日本愛国党などは六〇年安保、七〇年安保の頃に活躍していた記憶がある。
私は情報関係事務に関与してきたこともあり、ある時期まではその種の情報にも絶えず接してきた。それが途切れて既に久しい。もう今は、注視を怠れない、ある程度の社会的影響力のある右翼団体は存在しないらしい。
<<右翼思想とはもう無縁の社会>>
2006年の加藤紘一邸放火事件後、「今や30年代の右翼テロ時代の再来」という警鐘を鳴らそうとしたテレビ番組で、私は、「挫折した老右翼の単独犯」とコメントして、参加者たちを鼻白ませたことがあった。それも右翼凋落情報を知っていたからである。
ヨーロッパでは、外国移民排斥などの右翼思想を掲げる政党が、今でもかなりの影響力を持っているが、自民党周辺、安倍内閣周辺には、そんな匂いもしない。今回の総選挙では、小政党が乱立したが、ヨーロッパの右翼に相当するような党はなかった。一つぐらいあってもよさそうなものなのに皆無だったということは、日本が右翼思想から無縁の社会だということを示している。
右傾化でないとすれば、正常化への過程であろうが、国際政治の現実においては、日本はまだとても正常といえない状態である、バランス・オブ・パワーのパートナーとして必要とされる場合その期待を満たしてきていない。
1978年の日中平和友好条約の際の中国側の関心は対ソ包囲網の形成であり、当時中国側は日本に対して国内総生産(GDP)3%の防衛費を期待していた。日本にその気があれば、尖閣問題などはとうに解決していただろう。台湾問題も、当時はまだワシントンに五星紅旗と青天白日満地紅旗の両方が立っていた時代でもあり、対ソ防衛協力を梃子(てこ)に台湾関係の改善もあり得た時機であった。
79年のソ連のアフガニスタン侵攻後、アメリカが同盟国に軍備増強を呼び掛けたときは、日本はよくそれに応えて中曽根-レーガン時代を築いたが、高度成長期でありそれでもGDP1%程度にとどまった。それが冷戦後、GDPの4%を使った米国に比べられて、「冷戦は終わったが、儲(もう)けたのは日本だ」と、「勝利にタダ乗りをした」日本たたきが行われた。
当時の日本バッシングの激しさは、あの頃日本経済をになった世代の忘れ得ない経験である。
<<米国には日本の協力が不可欠>>
時は移って、今は、米国は対中戦略に軸足を移す「アジア・ピヴォット」を呼号しながら、財政の赤字に悩み、同盟国、友好国の協力を強く望んでいる状況である。
安倍自民党圧勝直後の米国の論調を見ると、マイケル・オースリン氏は米紙ウォールストリート・ジャーナルで日本は少しも右傾化などはしていないと論じ、ジョン・リー氏はニューヨーク・タイムズで右傾化などは一言も論じず、安倍内閣が中国に対して毅然(きぜん)として立ち向かう姿勢を歓迎すると述べている。日本の右傾化については、ジャーナリスティックな報道や解説記事の中では、1,2パラグラフ触れているものもあるが、社説の類いで正面からこの問題を論じたものはあまりない。
中曽根康弘政権、小泉純一郎政権のような長期政権は、強固な日米信頼関係の上に立っていた。佐藤栄作長期政権は米国の信を失って、ニクソン・ショックを受けて転落した。
アメリカは、今やその国策であるアジア・ピヴォットのために日本の協力が不可避となっている。
日本としては、防衛態勢を強化し、集団的自衛権の行使を認めて日米協力関係を強化することによって、日米関係を強固なものとするチャンスである。
(おかざき ひさひこ)
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