■靖国を外交問題にする愚知るべし
<<親中派この2年で大幅減>>
平成十五年十月十五日付本欄で、私は中国外交がfaux pas(フォー・パ、フランス語で「誤った一歩」)を踏み出していると指摘した。
つまり総理の公式相互訪問と靖国参拝を条件付けるような、外交的に非常識なことをすると、やがて二進も三進も行かなくなる恐れがあるが、中国は一体これをどう収拾する気なのだろうか、と疑問を呈したのである。
これを書いたのは微妙な時期である。十五年の十一月には、胡錦濤氏が江沢民氏の後を追って党の総書記になるが、既に総理に就任していた温家宝氏が、「江沢民時代から受け継いだfaux pas」(前記岡崎の正論)を再確認するような発言をし、同年十月八日付の朝日新聞が、「暗に総理の靖国参拝中止を求めたものだ」とわざわざ解説をしていた時期である。
その後二年余り、その間、平成十七年春の反日デモなどもあり、日本人の対中感情はかつてないほど冷え込んだ。内閣府の調査では、平成十五年から十七年にかけての二年間で「中国に親しみを感じる」人は47.9%から32.4%に減っている。「中国は悪い国だ」という新書は毎日のように出版され、中国の日本に対する政治的影響力は急速に低下している。
最近、麻生外務大臣の発言が問題になっているが、それに対する日本の世論、マスコミ、そして政府の反応は一昔前と様変わりである。
昭和六十一年九月、当時の藤尾正行文部大臣が、日韓併合には韓国側も責任があると発言、同六十三年四月には奥野誠亮国土庁長官が、アジアを侵略したのは白色人種なのに日本だけが悪いことになっていると言って、それぞれ閣僚を辞めさせられた。
<<むしろ窮地にあるは中国>>
いずれも中国、韓国が抗議をし、日本のマスコミがこれを支持する大合唱となり、内閣官房が庇(かば)いきれないと判断したからである。
今回も、中国は麻生発言に抗議したらしいが、抗議しても、マスコミや国民の支持共感は得られなかった。むしろ、中国の新たな内政干渉ということで、対中感情がさらに悪化するだけであろう。
つまり、中国はこういう場合、日本に揺さぶりを掛ける足場を失ってしまったのである。これは過去三十年間、対日工作を担当してきた中国の関係者にとっては、まったく新しい事態であり、今後もし、今まで通りと思って対日工作を続ければ、それは事態を一層悪化させるばかりであろう。
それではどうしたら良いのか。前の論文では、「江沢民から受け継いだfaux pasで中国側も困っている」のだろうから、「今後この種の発言を控えめにして、静かに問題を消え去らせるのが上策である」と書いた。
だが、事態は、まったくその逆となり、中国側は「暗に」どころか、公然と靖国問題を日本国首相の公式訪問の条件とするようになった。
それは日本側の責任である。昨年の小泉総理靖国参拝の際、中国の新聞報道は小さな記事一つだったが、日本の各紙は一面で大々的に取り上げ、その後、日本のマスコミは今に至るまで何千字、何万字を費やして、間断なく論じ続け、たとえ中国が引っ込もうと思っても、引っ込みようをなくさせている。
真に中国のことを思う親中国人士ならば、ここで静かにして中国に逃げ場を与えるべきだ。今、予想されている小泉総理の後継者が、靖国参拝を続けることはまず確実と予想してよい。そういう見通しの下で、中国に江沢民時代のfaux pasを続けろと勇気付けるのは、小泉政権を打倒して親中国政府樹立が可能だと考えているのであろうか。
それならば、政治的思惑のために日中関係悪化の恒久化の危険をあえて冒しているといわれても仕方がない。
<<国内と国外を使い分けよ>>
私にこの問題解決の知恵があるかといわれれば、ないことはない。中国全土の反日記念館の展示物の中で、少なくとも事実でないものの展示は撤去するという条件ならば、参拝をやめても靖国の霊は赦(ゆる)してくれると思う。
ただそれも推奨しない。中国では、たとえそれがうそであっても、愛国主義運動のために展示を続け、日本では、戦死者の霊を祀(まつ)るために参拝を続け、それでお互いに、それを外交問題などに持ち出さないのが正しい解決と思う。
それが理想的な解決とは言わない。国際社会の現実は、もともと人類の理想とは程遠いものである。これは国家と民族の歴史三千年が生み出した国際関係の知恵であり、常識的な大人の解決である。
(おかざき ひさひこ)
2006年02月28日 産経新聞朝刊掲載
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