2011年9月15日 ―正論―
この論文はむしろアメリカに向けて書いている。
野田佳彦新政権ができて最初の日米首脳電話会談で、オバマ大統領は普天間移転を含む、米軍基地再編計画の推進を催促したという。ルース駐日大使の日本外相に対する申し入れも同じだった由である。日米関係の従来の経緯からいえば当然のことである。
<<普天間移設の催促もうよそう>>
しかし、ここで私が言いたいのは、米国は、基地再編計画の推進を日本に催促するのはもうやめた方がよいということである。
基地再編の問題は、2003年のラムズフェルド国防長官と稲嶺恵一沖縄県知事との会談に始まる。稲嶺氏が沖縄駐留米軍は沖縄県民にとって負担だと説明したとき、ラムズフェルド氏は極めて不愉快な顔をして聞いていたが、その後すぐに沖縄駐留の米軍人、家族の削減検討を指示したという。
ラムズフェルドという人は、多大の批判を招いたイラク戦争当時の情勢判断からも分かるように、自ら独断的に決定し、周囲の意見をあまり受け入れない質である。彼が不快顔で聞いていたのは、日本の防衛のために必要と思っていた米軍が負担だと言われたことであり、それに対して、それなら削減すればよいという即断を下したのであろう。しかも、それはイラク戦争初期の作戦が成功して、自らの判断と指導力に最も自信のあった時期であった。
冷戦の終了とソ連邦の崩壊によってソ連の脅威がなくなったヨーロッパでは、大規模の米軍兵力再編が行われたのに対して、東アジアはそのままであった。
それは必然でもあった。たしかに、マッカーサーが考えていたようなウラジオストクに対する抑えとしての沖縄の戦略的価値は減じたものの、もともと沖縄の基地は朝鮮半島と台湾海峡を睨(にら)んでいたものである。
それは沖縄返還の時の日米共同声明で、日本の安全にとって、朝鮮半島は緊要であり、台湾は重要であるとわざわざ言及したことからも明らかである。したがって当面、東アジアの態勢については変更の予定はなかった。
<<ラムズフェルド氏の独断?>>
しかし、このラムズフェルド氏の意向により東アジアの兵力再編が動き出した。それは国務省、国防総省の俊秀が多大の努力で作り上げた大計画であり、その過程では財務当局、議会との折衝も必要であった。また、移転先グアムには、莫大(ばくだい)なインフラ、設備の投資など、大きな期待を持たせた。
それがその後、停滞していることに対する米国の怒りは理解できる。「あれだけ俺たちを働かせておいて何だ」、「議会に対してどう説明するのだ」、「グアムに与えた期待を踏みにじるのか」という当然の反響である。
ただ、それは、端的に言って、従来の行きがかりによる不平不満であり、戦略的な批判ではない。もともとそれはラムズフェルド氏の直情径行的な反応が発端であり、深い戦略的必要に基づいたものではなかった。
また、戦略的情勢も変わっている。この再編計画が作られた過程では沖縄の海兵隊の主力は次々にイラク、アフガニスタンに送られていた。米国からイラクを望めば、沖縄経由でもグアム経由でも大差はない。そして、それは過去10年間の中国の海空軍力の飛躍的増大の前の話である。
これを考えれば、日本側の事情でこの計画が停滞していることは米国にとってむしろ天の助けではないか。
<<新たな東アジア戦略が必要>>
しかも、今、米国は軍事費が大幅に削減される状況にある。軍事費削減で最も懸念されるのは、西太平洋における中国の脅威の増大に対して十分な対応措置が取れないことにある。それは国務、国防両長官の発言の中にはっきりと読み取れる。この際、グアム移転に想定されている巨額の経費は、東アジア防衛に転用されるべきであり、日本政府に期待している膨大な移転経費は、東アジアの日米同盟の強化に転用するよう、日本政府に要求すべきである。
沖縄については、1995年の初志に戻れば、周囲に民家が密集している普天間から辺野古に飛行場を移せば、それで沖縄の願望に応えられる。そうすれば、移転のための投資は全部地元に落ちることになり沖縄のためにもなる。
そこまでは、米国も、万が一の事故を慮(おもんばか)っているという姿勢を示すために有意義かもしれない。しかし、それ以上の兵力再編は、今後何十年の東アジアの情勢の新たな分析の上に立った新しい戦略の下に作り直されるべきである。
また、米国、日本を問わず。沖縄の現状を知っている者は問題がそう簡単に解決するとは思っていない。早急に実現が期待されていないのにせっつくということの害は誰でも分かることである。
そして、もし圧力をかけるのならば、東アジア太平洋の現状から言って、日本の防衛費増大、集団的自衛権行使、武器輸出三原則の緩和などを要求するのが日米同盟強化の正道である。
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