【正論】テロ指定解除 元駐タイ大使・岡崎久彦 (2008年9月8日)
■現実的な軍事対応策も視野に
今回の6カ国協議の結果を論じるのはまだ早いのかもしれない。
一つは、北朝鮮側の申告が完全でないことは全ての観測者が認めるところであり、検証の方法に合意もないが、それでもなお米国がテロ国家指定を解除するかどうかは、8月11日まで分からないからである。
もう一つは、北朝鮮が日本に約束した拉致問題の再調査の結果がどうなるのか、外部の人間には分からない。もし、拉致問題が大幅に進展することになるのならば、テロ国家指定解除の評価も変わって来る。
1994年以来の米朝交渉を見ていて、私は北朝鮮の外交について一つの結論を持っている。それは北朝鮮という国は、条件の切り売り交渉とそれを実施する能力は持っているということである。
94年の交渉の結果、北朝鮮は年間50万トンの重油と軽水炉の建設の代償で、寧辺の施設の稼働を凍結し、その約束を6年間ちゃんと守っている。また1999年の交渉では、人道援助再開の代償として、テポドンの打ち上げ実験凍結を約束して、それも守った。
つまり、核施設とかミサイルの本体の廃棄でなく、その一時的な凍結ならば、経済援助の代償に切り売りはできる国だということである。ただし、切り売り以上の恒久的な譲歩を北朝鮮が行う意志があるかどうかは、対北外交の少なくとも未知の分野である。
<<1年程度の「無能力化」>>
今回協議の決着により米国が得たものは寧辺の施設の無能力化である。交渉の過程では、運転再開に1年かかる程度の無能力化をするかどうか、が争点だったと聞いている。
米側発表は現在のところ、「廃棄を目的とする無能力化」と説明をしているが、廃棄は先の話であり、実態は変わらないのであろう。
とすると現時点までの北朝鮮の譲歩は、復旧に1年程度を要する無能力化である。ペリー交渉(94、99年)の経験から考えると、もしそれだけを目標とする交渉ならば、バンコ・デルタ・アジアの預金凍結解除だけでも、この目標を達成できたかもしれないと思う。
それでも、ペリー交渉で与えたものは、何時でも撤回可能な経済利益の提供だけだったが、今回は、それ以上のもの、つまり北朝鮮の貨幣偽造などの疑惑を棚上げにするという代償を払っている。
こうした過剰と思われる譲歩を正当化する方法は一つしかない。それは、現に米政府が説明しているように、すべてを核廃絶への第一歩だと説明することである。
私が米国務省と意見が違うのは、この点である。2006年の核実験で実質上の核保有国宣言をした北朝鮮が今更核兵器を廃棄するかどうか、私は極めて懐疑的であり、その期待の下に譲歩を繰り返すことに疑念を持っている。
<<不十分な同盟国協議>>
まして、バンコ・デルタ・アジア、同盟国日本が重要視しているテロ国家指定、対敵通商法と、北朝鮮が切望する譲歩を次々に与えてしまって、あと、北朝鮮側が、核全面放棄の代償に値すると思うような大きな実質的代償は何が残っているのだろう。平和条約や安全の保証など、実質のない紙の上の譲歩を北朝鮮が評価するだろうか。
北朝鮮がどうせ核を放棄しないという見通しならば、どうすればよいのだろう。
一つの答えは、今までのブッシュ政権の政策を一貫させて「悪の枢軸」あるいは「専制の前哨基地」と呼び、その自壊を待つことである。
そうでなくても、アメとムチのムチを最大限使うことである。2006年の核実験後の日米足並みをそろえたムチは北朝鮮にとって相当こたえたようであるが、もしあれがもう2、3年続いていたらどうなっていたか。アメリカが、同盟国との協議なしに、その果実を過早に取りに行ったのではないか、というのは今でも残る疑問である。
それならば、一方において圧力の強化継続、他方において北朝鮮の核武装を視野に入れた現実的軍事対応の策定、それしかないのであろう。
なお、今回の6カ国協議-事実上は米中、米朝協議-において同盟国との事前協議が不十分だったことは覆うべくもない事実であり、今後もし6カ国協議のフォーラムを存続させるのならば、それは重大な課題である。
そして、北朝鮮の核武装の、「第一歩」ではない完全放棄は、フォーラム恒久化の最低条件である。事実上核保有国である北朝鮮をメンバーとした6カ国協議体などはグロテスクとしか言いようがない。
(おかざき ひさひこ)
Comentários