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中国進出を招いた「10年の眠り」

  • junko63
  • 2010年3月17日
  • 読了時間: 4分

更新日:2024年1月30日

2010年3月17日 『産経新聞』東京朝刊


 佐藤一斎の言志四録(げんししろく)に耳なれない言葉を見つけた。曰(いわ)く、「吾古今(ここん)の人主(じんしゅ)(君主のこと)を観(み)るに。志の文治(ぶんち)に存する者は必ず業(ぎょう)を創(はじ)め(創業)、武備を忘れざる者は良く成るを守る(守成(しゅせい))」。

 これは江戸時代のインテリなら誰でも知っている唐の太宗の「貞観(じょうがん)政要」の一節を意識して、その裏の真理を語ったものと思う。


<<平和でも防衛を忘れない>>


 貞観10年、太宗は、待臣に「帝王の業、草創(そうそう)と守成といずれが難(かた)き」と問うた。これに対して房玄齢(ぼうげんれい)は、戦乱の中で勝ち抜いて天下を取る方が難しいと言い、魏徴(ぎちょう)は「天下を取った後で民生を安定させる方が難しい」と言った。そこで太宗は、両方の理を認めつつ、今や創業の時代は過ぎて、守成の時代だから民生の安定に取り組もう、と言ったという。

 天下統一は武力で、平和達成後は文治で民生を守るという常識的な議論である。それに対して佐藤一斎は、戦乱時代でも常に文治を考える指導者が天下を取り(実は後漢の光武帝はそうだった)、平和になった後では、治にあっても乱を忘れず、武備を怠らない政権が長続きすると言っているのである。「この平和な時代に、どうしてこんな防衛力が要るんですか」と訊く政治家や財務省の主計官に聞かせたい言葉である。


<<「極限状態」を想定すること>>


 もう一つ最近読んだ本の話。

 財務省出身の高官で、松元崇という人が、高橋是清の伝記を中心に日本財政史を発刊した。彼は、私もかねてからの知己である大秀才で、内容は明快、直截、日本財政史の名著であると思う。

 ただ、その中で、日露戦争は財政敗戦だったと書いてある。賠償金も取れず莫大(ばくだい)な負債を負ったから敗戦だという趣旨である。

 これは国家戦略とか安全保障というものは極限状況を想定しなければいけないという原則を忘却している議論である。

 財政という同じ土俵の上に立ってみても、もし日本がロシアに負けていたならば、その10年前の日清戦争の清国、その10年後の第一次大戦のドイツの例のような莫大な賠償金を課せられ、(事実上実現不可能な)完済までの間は、関税収入の差し押さえ、北海道、対馬の担保も強制されたであろう。それとの差し引きを考えれば、日露戦争は国家財政の命運にかかわる大勝利であったといえる。

 要は、古来言われているように一朝有事に備えるのが国防である。如何(いか)に現在が平和でも、国家国民の存亡がかかる100年に1度の非常事態に備えて軍事バランスを維持するのが国防である。

 ところが日本の国防費は過去10年以上にわたって減り続けている。米国の国防費も冷戦終結以降減り続けたが、それでは装備は老朽化し、軍の士気や軍自体の基礎が揺らぐので、すでに9・11テロの前から漸増に転じていた。

 米国は、世界の安全保障を守る責任をになっているが、財政難もあり、最近とみに、その負担の分担を希望している。シーファー先任駐日大使、現在のルース大使も、一貫して日本に防衛費の応分の負担を求めている。特に鳩山政権が米国と対等の関係を欲すると言うのならば、世界の安全保障維持のためのより対等な負担をになうことを求めると言っている。

 意外に知られていないが、最近の日米関係を論じる米紙の論調を見ても、GDPの1%にも足りない防衛費の増額は、現在緊張している日米同盟の救済にとって、まぎれもなく一つの切り札である。


<<東シナ海での優位も失った>>


 日本の防衛力は1980年代の増強で90年代半ばまでかなり高い比較的水準を維持していたが、その後老朽化が進み、抜本的改新の時期に来ている。この点は昨年末に予定されていた防衛計画の新大綱で見直されるはずであったが、それも延期されたままである。

 その間中国の軍備の躍進は目覚ましい。尖閣問題なども、今までなら、不法侵入や占拠に対しては海上保安庁で楽に処理できた。その背後には、日本が東シナ海の制海権、制空権を持っていたからである。

 もう10年以上前になるが中国が東シナ海に進出し出してきたころ、私は、日本が本気を出せば中国海空軍などは鎧袖(がいしゅう)一触であり、日本は眠れる獅子なのだから、挑発すべきでない、と中国に警告したことがある。それから10年日本は眠り続け、中国の軍事力は躍進した。もう、東シナ海のバランスで日本優位は過去のこととなった。中国が制海、制空の絶対優勢を持つのも時間の問題であろう。

 防衛費の増額と言うとまず陸を減らせという議論になる。たしかに、海空のバランス回復は最優先事項であるが、それは陸の節約位ではカバー出来ないものであることは認識すべきである。また、節約するとしても、陸の真髄(しんずい)は良く訓練された要員を持つことである。それは、万が一の場合に備えても、また、災害救助、PKO(国連平和維持活動)についても、絶対に必要である。したがって、陸の人員と教育訓練費だけは絶対に削ってはいけない。

 (おかざき ひさひこ)

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