【正論】元駐タイ大使・岡崎久彦 二大政党を自覚し超党派政治で
2010年7月14日 産経新聞
選挙の結果、民主党は敗れたりとはいえ衆院の多数政党として残り、自民党は再び責任ある政党としての地位を回復した。今後どんな政界再編があるかもしれないが、この2つの政党が、日本の国政を担う責任政党として自覚し、成長することを期待する。
<<左翼内閣への一縷の希望は>>
実は菅内閣成立の報を聞いたときは、日本の保守派の背筋に戦慄(せんりつ)が走った。日本で最初の左翼内閣ができると思ったからである。
民主党内閣はもともと左翼的リベラル的色彩の強い政権であるが、鳩山総理、小沢幹事長の経歴背景はとうてい左翼とはいえなかった。しかし、菅内閣では、総理、官房長官、幹事長いずれも過去の言動をたどれば筋金入りの左翼である。
日本には、半世紀以上の日教組教育、左翼系マスコミが培ってきたマグマがたまっている。それが今まで噴出しなかったのが、(村山内閣時代の村山談話などの例を除いては)、不思議なくらいである。それがいよいよ政府の政策として一挙に噴出してくるのではないかという危機感であった。
それに対して、一縷(いちる)の希望もあった。菅内閣は、外交安保政策についてリベラル反米的言動を恣(ほしいまま)にした鳩山内閣が挫折した後の内閣であり、左翼小児病的な「はしか」はもう卒業しているのではないか、という希望である。
<<防衛費と消費税2つの定数>>
いずれが正しいのか、国会の論戦も経ずに選挙となったので、今後の動向を見るしかないが、希望の光もある。1つは、鳩山総理引退前の記者会見で日本の安全にとっての米軍基地の重要性を再認識したことであり、もう1つは菅総理の消費税発言である。
財政政策は多次元方程式である。消費税より冗費節約の方が先だ。バラマキをやめるのが先だ、というようなことを言っているとどうどう巡りになる。政治とは決断である。消費税という定数が決まれば、あとの解は出しやすい。
実は、もう1つ決めてほしい定数として防衛費がある。日本の防衛費はここ8年間減り続けている。北朝鮮の核武装、中国軍備の躍進を前にし、また、米国がアフガンに手を縛られているときに、日本が東アジアの安全保障の責任分担を減らしていることは、すでに米国から厳しく指摘を受けているが、今後日米同盟維持のための最大の問題となろう。
しかも、米軍基地再編経費、自衛隊員の子供手当までが防衛費に計上されている。当面右を除いて5兆円は定数として確保してほしい。中国の軍拡の前に5兆円では足りない恐れもある。それは人口老齢化で消費税10%では足りなくなる恐れがあるのと同じであるが、当面それを定数としてほしい。このつの定数が決まれば、あとはそれを与件として、冗費の節約、低所得層の保護、年金の改革、老人医療の充実など、政治的プロパガンダを離れた真に実質的な議論ができる。
ちなみに、菅総理の消費税発言に対する当初の自民党の態度は残念だった。先の鳩山発言と同じく、自民党の立場に民主党が回帰したのだから、国益のために大いに歓迎すべきことである。それを試験のカンニングに例えるなど惨めなことを言ってほしくなかった。日本に二大政党の政治が確立するか、その前提である超党派政策が成立するかがかかっているときである。
<<愛国心を養う教育政策を>>
超党派政策のために、次政権にどうしてもしてほしいことがもう1つある。それは教育政策である。
民主主義というものは、もともと、君権に対するチェック・アンド・バランスから生まれたもので、そのベクトルは遠心的に働く。したがって国家という求心力がないとバラバラになる恐れがある。ギリシャ・アテナイの民主主義では、国家への反逆は、民主主義体制の破壊と並ぶ最大の罪だった。英国の議会民主主義が熟成したのも、英仏近代百年戦争の間という、愛国主義で与野党間に乖離(かいり)が生じる心配のない時期だった。日本では自由民権勢力が強くて憲政が行き詰まり、憲法停止も囁(ささや)かれたのが、一転して憲政が機能したのは、日清戦争における愛国心の盛り上がりのためだった。
戦争中の日本は愛国心過剰であったが、戦後は過少となり求心力が失われている。これを直すには教育しかない。安倍内閣の際の教育基本法と教育三法の改正ですでに道は開かれている。後は、その実施、充実だけとなっている。
英国も一時は教育が荒廃し、ひどい自虐史観が跋跋扈(ばっこ)したがサッチャー元首相がこれを改革し、後継の労働党内閣はその路線を継承している。二大政党の政治体制は、こういう形で、初めて機能するのだと思う。
民主党政権の大化けを期待したい。もういつまでも全共闘時代の卵のカラをお尻につけたままでいるわけにはいかないだろう。
そして自民党は国益だけを念頭において、度量の広い是々非々の態度を採ることを期待したい。
(おかざき ひさひこ)
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