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北の権力継承の読み方と安定度

2012年1月11日 ―正論―

私は、今回の金正日氏から金正恩氏への権力継承それ自体によっては、北朝鮮には、何も大きな変化は起こらないと考えている。

少なくとも、新しい体制をつくりつつある勢力は、それが成功するかどうかは別として、大きな変化が起きないように、つまり、継承がスムーズに行われるように、営々と努力してきたと思う。

 

<<謎解く鍵08年労働新聞社説に>>


金正日氏の健康不安説が囁(ささや)かれ始めたのは、公式の場に現れなくなった2008年8月ごろからである。そして、その年の10月21日付の党機関紙、労働新聞は副主筆の盧英署名の長文社説で、「わが革命は3世、4世が革命と建設の主力を成す段階に入った」と論じた。その趣旨は3点であった。

第一に、わが革命は3世、4世が革命と建設の主力を成す段階に入った。第二に、革命継承事業では形式より内容を重視しなければならない。第三に、軍隊は党であり国家であり、人民だという軍事優先の原理は革命伝統である-。

これは、金正日氏自身が自分の後のことについての考えを表明したものと見られたが、その言わんとするところは、謎であった。

その謎は09年春ごろから、金正日氏の後継者として金正恩氏(当時は金正雲と表記)の名が出てきて以来、解け始めた。特に、翌10年9月28日には、金正恩氏が大将となったことが公表された。これで、北朝鮮の政権は金日成氏の直系の子孫によって受け継がれることが明確になり、他の実力者による継承の可能性はなくなった。

 

<<長子らと第2世代外しが狙い>>


そして「形式より内容を重視」とは、長子相続やそれまでの職歴によらないということだと分かった。長子相続なら金正男氏がいるし、金正恩氏の同腹にも金正哲氏という兄がいる。一つ腑に落ちなかったのは、第4世代への言及であり、第4世代に注目すべき人物がいるかどうか探したが、まだ若年で名簿にも出てこなかった。

最近になってハタと気がついたのは、第3、第4というのは、ただ子々孫々というほどの表現であって、その真意は第2世代外しではないか、ということである。

第2世代で最も発言力があるのは、金正日の実妹の金敬姫氏であり、形式主義排除なら、女性でも良いことになる。そして、その夫の張成沢氏は軍のタカ派路線に対し経済改革派と呼ばれている。

そして、「先軍主義」を高らかに掲げているということは、金正恩氏が「先軍主義」を支持するということである。これで金正日氏が健康に不安を感じた後の後継体制構想はほぼ明らかになった。

金正恩氏の名が出てきた後は、観測気球説、時期尚早説、失脚説などが飛び交ったが、恐らくは、全ては流説であって、北朝鮮の中枢、とりわけ軍では、一貫して、08年10月21日の路線を粛々として実行してきたといえると思う。

とすると、今回の継承は金正日氏の意向の下に、3年前から一貫して準備されてきた路線であり、まして、実力者である軍の支持があるのであるから、当面、後継体制が揺らぐことはなく、政権交代が北朝鮮の政局、政治に及ぼす影響はあまりないと判断される。

 

<<正日妹・婿と軍の権力闘争も>>


金正日氏の死で、権力闘争の可能性があるとすれば、金敬姫-張成沢路線と軍との相克であろう。金敬姫氏は最近、大将に昇進している。恐らくは権力継承から外したことへの埋め合わせとして、金正日氏が行ったものであろう。

とすると、実妹に対する金正日氏の配慮がなくなった後、もし、軍との間に相克が起これば、金敬姫氏の地位は危うくなろう。そして、それが、政策面におけるタカ派路線とハト派路線の相克を意味するのならば、北朝鮮の内外政策にも影響して来ることになる。

ここから先は、政権交代とは関係ない国際情勢の影響である。

北朝鮮は1994年以来、核開発を一時停止する、あるいは、単に6カ国協議出席の可否などの、本質的ではない譲歩の切り売りによって、食糧、石油などの援助を受ける外交を展開してきた。それが最近は、アメリカに見透かされて、援助の入手がままならなくなっている。その結果、中国への依存度が高くなってきている。金正日氏の、死の前の頻繁な中国訪問はそれを意味すると思われる。

他方、最近の東アジアにおける「対中統一戦線」の結成という情勢の下で、中国の戦略家が将来の米中対決を視野の一部に入れていることは間違いない。その場合、中朝国境を流れる鴨緑江まで米韓の勢力が及ぶことは中国としては避けたいであろう。そうなると、中国は国際的に評判の悪い北朝鮮との親密化に躊躇(ちゅうちょ)は感じつつも、北朝鮮に対する影響力確保は、国家戦略上の要請となってくる。

筆者の個人的感触としては、将来、北朝鮮が崩壊するような場合に、中国は、核施設の安全確保、あるいは難民の流入阻止などの口実はあろうが、北朝鮮の少なくとも北部は占領してなかなか引かないのではないかと感じている。

中朝の戦略的一体化の状況は進んでいると考えざるを得ない。

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