【正論】2007年10月31日 産経新聞 東京朝刊 オピニオン面
■福田政権は中国の牽制に揺らぐな
<<4年前の日本の苦い経験>>
中国にとって、福田内閣の成立は予想もしなかった好展開であり、新内閣成立に対して中国の期待することは多々あろう。
その中で私が当面心配なのは、台湾が「台湾名」で国連加盟申請をすることについての国民投票問題である。台湾の陳水扁総統は来年の総統選挙の際にこの国民投票を併せて行う考えであり、中国は既に猛烈に反対して米国を始めとする各国に働きかけている。
米国は既にスポークスマンを通じて反対を表明し、従来の例から言えば、おそらくは台湾の代表部を通じて反対の意向を伝えているであろう。
中国はEU(欧州連合)に対しても働きかけたがEU側は公式なチャンネルによる反対意見の表明は断ったようである。
日本にも当然に中国より働きかけはあったが、安倍内閣は日本としては特別の措置をとらないこととしてきた。
日本には苦い経験がある。4年前の総統選の際も同様の国民投票が実施された。日本は中国からの圧力で-アメリカからも圧力があったかどうか不明-台湾に申し入れをしてこれを内外に公表した。
これは台湾では全く不評であった。台湾の防衛に責任を持つアメリカが台湾の政策に注文をつけるのはやむを得ないとしても、どうして、台湾の安全に何の貢献もしていない日本が、こんなときにしゃしゃり出るのだということである。そして、その後、台湾において日本を代表する大使の外交活動は退任までの間、麻痺(まひ)状態に陥ったと聞いている。
<<武力行使ほのめかした中国>>
アメリカの反対の表向きの理由は、台湾海峡の緊張を増大させるからだということである。たしかに、先のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)におけるブッシュ大統領と中国の胡錦濤総書記の会談では、胡錦濤は国民投票そのものに反対し、国家分裂法の発動、すなわち武力の行使まで、ほのめかしたと言う。それが本当ならば確かに台湾海峡の緊張を激化させる。
しかし冷静に考えるとそれは建前で本当の問題は別にあるように思う。
問題点は単純である。もし来春国民投票が行われた場合、中国は武力行使するだろうか。どんな親中国派の人も含めて、いかなる中国専門家に聞いてみても答えは「ノー」であろう。正式な独立宣言でもなく、毎年の加盟申請の名を中華民国から台湾に変えるだけで、オリンピックを控えたこの時期に武力行使をするなどとうてい考えられない。それなら国内事情で胡錦濤がそう言わざるを得ない事情は別として、その真意はなんであろう。
陳水扁側の意図は明らかである。あなたは台湾人か中国人かという世論調査に対して、台湾人という答えが圧倒的に多くなった昨今の台湾で、国連加盟を中国名と台湾名のどちらでするかと聞けば答えは決まっている。それが台湾人意識を再確認させて、選挙で民進党が有利になるという計算である。
どの民主的選挙でも各政党は知恵を絞って戦う。それが合法的である以上とやかく言うことではない。
<<国民党勝たせたいばかりに>>
中国が欲していることは、その逆と考えればよい。次の総統選で国民党を勝たせたいのである。そしてアメリカの反対は民進党にとって不利、国民党にとって有利だから、それを引き出しているのである。
4年前、アメリカと日本が相次いで国民投票反対を公然と申し入れた後、訪日中だった彭明敏資政(総統府上級顧問)は暗い顔で、「もし今度の総統選で陳水扁が負ければそれはアメリカと日本の干渉の故ですよ」と言っていた。そして選挙の結果は薄氷を踏むような僅少(きんしょう)差での民進党の勝利だった。
つまりアメリカは、国民党と民進党の選挙に、国民党の側に立って、選挙干渉をしているのである。武力行使による緊張激化のおそれが全くない以上そういう結論になる。
福田内閣は、いかに中国の圧力があっても、前内閣の今までの方針を転換しないことを期待する。
台湾の人々は、日本に深い親近感と好意を持っている隣人である。その人たちが自分たちの国を、日本と同じように民主的に運営しようとしているのに干渉して、その好意を裏切ることは日本人として堪えがたい。
しかも日本としてはそうする法的道義的理由は全くない。むしろ内政干渉は近代国家間で厳しく禁じられている所である。
中国は台湾を内政問題だと言うかも知れないが、外国に干渉を頼んだこと自体、内政でないことを認めたことになる。
(おかざき ひさひこ)
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