2008年6月13日
馬英九台湾新総統は「台湾のルネサンス」と題する就任演説を行った。
台湾の民主主義の将来、対米関係、両岸関係、外省人と本省人との関係など、過去の経緯が積み重なった複雑微妙な諸問題について、かなり明快に自己の見解を表明すると同時に、誰にも過大な警戒心や期待感を持たせない、なかなか出来の良い演説である。
注目すべきは台湾の尊厳(ディグニティー)という表現で、台湾に国際的尊厳を与えることを両岸関係前進の条件としていることである。
私はかつて、中国が提案している和平協定交渉を受諾することによって台湾が中国の戦略戦術に取り込まれる危険を指摘したが、他方、もし国連加盟を条件とするならば国民党が交渉を担当しても安心して見ていられると書いたことがある。
理想は国連加盟であるが、台湾の尊厳維持の条件として、経済・社会・保健などの国際機構への参加を受けいれる柔軟性を胡錦濤に期待することは、あるいは、今や現実性があるのかもしれない。
現に、台湾はWTO(世界貿易機関)やAPEC(アジア太平洋経済協力会議)には加盟している。
APEC加盟国が、今後の首脳会談に馬英九総統の招待を試みた場合、中国がどう反応するかは胡錦濤の柔軟性の試金石となろう。
「双方異なる解釈の下」という条件付きで「一つの中国」を認める方針の背後には、台湾が中国人社会の一部であるという馬の思想があり、それは演説の中に随所に見られる。
<<自縄自縛中国に刺激>>
たとえば、台湾は、2度も政権が平和的に交代した唯一の中国人社会である、というような表現があるが、それは中国に民主化を呼びかけるためにも、台湾がシンガポールよりも民主的である点を強調するためにも有意義と思う。
それはもとより台湾人のアイデンティティーを強調する民進党にとっては挫折感を抱かしめるものであろう。
しかし、インドも「自由な結束の象徴としての英国の王冠」を認めている英連邦の結びつき程度の「一つの中国」ならば、いかようにでも解釈の余地があろう。現にパキスタンなどは、英連邦に出たり入ったりしている。
こう考えて来ると、馬英九政権の誕生は東アジアにおける外交の手詰まり状態を打破する一つのチャンスを提供しているかもしれない。
ある意味では中国は自縄自縛となっている。
民進党時代中国は、台湾国内の政治バランスに影響を与えようとして国民党の指導者を中国に招待して厚遇した。今になって、それは野党であったからという言い訳は無理であろう。とすれば、国民党の指導者、つまり台湾の総統とも何らかの形、あるいはAPECの首脳会議などで公式に接触せざるを得なくなる。
<<日本にも開かれる扉>>
これは日本にとってもチャンスである。従来中国は民進党の台湾総統を敵視し、日本がこれと接触することに厳重に反対した。また、米国も、-この間の国務省の態度には私としてはかなり違和感を覚えたが-民進党に対しては冷たかった。そのために日本としては、台湾問題については、中国と米国と両方に気兼ねしてきた。
しかし、今やそういう遠慮はあまり必要ないのかもしれない。もともと台湾と日本とは歴史的経済的に深い結びつきがあり、それを無視して、冷たく扱うことは不自然な状態だった。この呪縛(じゅばく)が解けるのかもしれない。
民進党としては、今まで台湾に冷たかった日本が国民党の台湾と親しくなることには釈然としない向きもあるかもしれない。しかし、日本と台湾との関係が緊密になることは、台湾にとっての利益である。
その利益は4年後か8年後、あるいはその先でも、民進党に政権が戻ったときに引き継げる台湾の財産である。
最後に一つだけ、馬政権に注文があるとすれば、それは両岸交渉で、決して台湾の主権と安全保障だけは譲歩してほしくないことである。
一国二制度まがいのものは、それが50年の期限を100年にしても台湾の自由に期限をつけるということである。安全保障については、一方的な武装制限とか中立とかを決して受けいれないことである。中国と台湾では国の大きさが違い過ぎる。いったん安全保障の手段を放棄すると、情勢が変わったときに台湾を守るすべがなくなってしまう。
この点は重々留意してほしいと思う。
(おかざき ひさひこ)
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