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新しい台湾問題

2006年6月20日 日米台シンポジウム基調講演演説


 台湾をめぐる内外環境はここ数年間顕著な変化を見せている。まず、国際政治の変化はバランス・オブ・パワーの変化によって起こる。バランス・オブ・パワーの変化が起こる原因としては、一国による他国の領土の併合、―十八、九世紀のロシア、プロシアの勃興の例、あらたな同盟の結成による場合、―日英同盟、三国協商などー、があるが、最も見落とし勝ちであり、また対応の時期、方法が難しいのは一国の国力、とくに軍事力が内発的な力で増大してくる場合である。

 その古典的な例は、十九世紀末のドイツの勃興である。それまではヨーロッパは英仏独墺露の五大国の力が拮抗し、英国は、その一国が他に対して脅威を与える場合は第三国と連合して対抗して、バランス・オブ・パワーを維持できた。しかし二十世紀の世紀の変わり目のドイツの場合は、近隣国の併合でも無く、新しい同盟を組むわけでもなく、ドイツの国力自体が増大するのであるから外交的な対応は困難であった。英国はつとにその危険に気がつき、ドイツとの間では建艦競争を抑制することを提案し、そして外交的には露仏と連合して協商を組むなどの措置で対抗したが、結局は戦争を避けることは出来なかった。そして戦争となってみると、三国が協力してもドイツのほうが強く、アメリカの参戦を得て、やっと勝っている。外国の力の増大に十分な注意を払わず、惨憺たる結果を招いたのは十九世紀末の清朝であった。清国は北洋艦隊を建設してその威容を誇っていたが、明治維新以来の日本の急速な国力の進展と軍事力の増強に気が付くのに遅れ、戦争の前の年まで「??(さいじ)たる小邦」の認識を改めず、その結果清帝国滅亡を招いた。一九七〇年代末からの冷戦最後のソ連の脅威に時代においては、米国は、デタントぼけで、気が付くのには若干遅れたが潜在的国力が十分にあったので、これに必要な対応措置を執り、相手を競争から脱落させた。

 中国の軍事力増強は過去十数年目覚しいものがあり、とくに一九九六年の台湾海峡危機以降加速され、近代化も進んでいると推定される。 中国の軍事予算は、冷戦が終り千九百九十年代に入ってから、常に二桁成長を示しているが、インフレを差し引いてみると、真の二桁成長は一九九七年以降であることがわかる。 また中国の軍事費は国内の膨大な陸軍を支えなければならないため、近代化に投資できる分は少ないと言われて来た。たしかに中国軍は、各地方の共産党と一体となって地方の統制、治安に当たっているので、他国と較べて国内向けの比重が国外向けより大きいのは事実である。しかしその陸軍も一九九七年以降五十万人削減され、そこから浮いた資源は近代化にまわされたと推定される。

 具体的には何が問題かと言えば、米国にとってまず問題なのは、中国の核ミサイル能力の増大であろう。一九九六年の台湾海峡危機に際して、中国の軍当局は米国の西海岸にたいする核攻撃を示唆した。それは虚勢であったといえる。しかし、それを現実の脅威とすることは、中国の軍拡の大きな課題の一つであろう。つまり、将来再び米国が台湾海峡に空母機動部隊を派遣するような事態が起こった場合、それを躊躇させる一つの要因となる程度の核ミサイル能力をもつことである。米国としては今からそれに備える準備が必要であろう。 米国の対抗措置は、まずは、ミサイル防衛体制の強化であろう。日本との協力も必要となる。とくに今後グアムの戦略的価値が増大すると、グアムに対するミサイル防衛には日本の協力が不可欠となる。また、伝えられているように、精密兵器による先制ピンポイント攻撃による中国の核ミサイル施設の能力の減殺も米国は当然考えているのであろう。もう一つの問題は東アジア海域における海空軍バランスである。米空母機動部隊の台湾接近を阻止するための、中国の潜水艦の数と質の向上に対抗しなければならない。中国は潜水艦の数において米国の三倍から五倍の数の保有を目標としていると言われる。この中国潜水艦隊の脅威に対抗するため、また米本土に対する中国潜水艦の核ミサイルに対抗するためには、日本の対潜水艦能力との協力は不可欠であろう。 そして最終的には制空能力である。制空権を中国側が持てば、台湾はいかようにでも処理できる。現在中国は第四世代機スホイ27,30を既に百数十機保有しているようであるが、まだ十分に使いこなす能力がなく、米機動部隊の敵ではないようである。しかし、それが何時まで続くか解らない。今後その数が増す事は十分予想されることであり、また、その使用能力も毎年改善されよう。それが大陸沿岸の無数の飛行場から出撃することを考えると、二個空母機動部隊と台湾の防空能力で、制空権を何時までも保持できるかは深刻な問題であり、 またシナリオによっては、その問題が生じるのは、そう遠い将来ではないかもしれない。ここでまた日米同盟の効用が避けて通れない問題となる。そして、長期的な世界戦略の問題としては、中国が台湾を併合してその富と技術力を手に入れ、西太平洋における米国の覇権を脅かすようになる事態を避けるため、現状維持が望ましいことは米国としては常に念頭に置く必要があるのであろう。

 アメリカは、ここ数年間、その時々の米中関係の必要によって、時として中国の意向を反映するような、内政干渉がましい行動を台湾に対してとって来た。それは端的に言えば台湾の独立に向かう傾向を抑制しようということであり、それがまた、独立支持派を支持基盤とする民進党に打撃を与えている。しかしアメリカの対台湾政策の基本は、一貫していわゆる三つのコミュニケと台湾関係法と、問題の平和的解決であり、現実政策としては現状維持であって、この方針には、今後とも、大きな変化はないと想定して良いのであろう。ゼーリックが国務副長官に就任して以来、中国の意向に沿うような言動がしばしば見られるが、その程度の変化は過去においてもその時々の状況によって有ったことであり、二〇〇八年の選挙で民主党となったとしても、それがアメリカの対中、対台湾政策の基本を変えることはないのであろう。究極的にはアメリカの政策を決めるのはアメリカの世論と議会の動向であり、台湾が民主主義国家であるという米世論の認識が変らない限り、アメリカの台湾支持は変わらないであろう。問題は、今後事態が急速に変る―それは中国の戦略によって、意図的に、不意打ち的に急速である可能性もあるー場合、世論、議会、ひいてはアメリカの政策がそれについて行けるかどうかであり、それには普段から種々のシナリオ・スタディーと対策が必要となる。

 日本の対中、対台湾世論は過去十年間大幅に変った。もっとも大幅と言ってもそれは日本の世論の変化のグレイシアル・スピード(氷河の動きのような速度)の中での従来に年間数メートルだったのが数十メートル動いたというだけの話であり、それが日本の台湾政策に具体的に及ぼす影響はまだ小さい。それでも二〇〇五年の2プラス2で台湾の平和的解決に関心を示したことに対して、中国からは強烈な反応があったにもかかわらず、日本の世論は動ずる気配もなかった事、あるいは日本の植民地統治を肯定するような麻生大臣発言に対して従来のように麻生大臣の進退に関する議論が全く無かったことは、この変化を示すものであろう。これは将来の有事に際して潜在的な意義を持つものかもしれない。

 問題は台湾の変化である。台湾世論の動向は、二〇〇四年の総統選挙の頃と較べると、二〇〇四年の立法院選挙後、二〇〇五年の馬英九国民党代表選出後は大きく変っている。 その原因は種々挙げられている。とくに指摘されているのは、中国による台湾工作であり、一九九六年の頃の武力による威嚇路線をやめて、経済力を背景とする平和攻勢に出ていることである。そして台湾進出企業に対しては利益誘導と脅迫の併用によって圧力をかけ、米国と日本に対して外交的工作によって中国の意向を代弁する政策に誘導し、現政権が日米から疎外されているかの如き印象を与えるのに成功している。そして公然と、正統政府を無視し、野党の国民党支持の姿勢を明らかにしている。 こうした中国の干渉が効果を挙げていることは疑いない。しかしより巨視的に見れば、最近の民進党の人気の退潮ぶりは、民主主義そのものの本質であると言える。民進党は既に八年間政権の座にある。民主主義の下ではどの政党も、政権掌握が長く続けば、人心は倦んで新しい変化を欲するようになる。

 また台湾の民主主義がまだ日が浅いと言うことも関係あると思う。日本で一九一八年に原内閣ができたときには、国民挙げて、明治以来の藩閥専制政治の終りを歓迎した。しかし三年後原が暗殺された後は、国民は、政党政治が国利より党利を追い、ポスト争い、利権争いに汲々としているのに反発して政党政治に背を向けた。ウィンストン・チャーチルは、「民主主義は最悪の政治であるが、かって存在した他のどの政治よりましな政治である」と言った。イギリスがこの覚り、あるいは諦念に達するには数世紀の試行錯誤を要している。 原敬時代の党争の弊などは、世界中いたるところの民主政治に見られる現象である。しかし初期の民主主義では国民はそこまでの諦観に達していなかったのである。 民進党政権八年にたいして国民の間に漠然たる飽きが来ていることは否定できないのであろう。

 そこで問題は台湾の政治の特殊性を考えねばならない。もし次の選挙で国民党が勝っても、それはやがて人心が国民党に倦んで、四年後、八年後あるいは一二年後に政権が民進党に戻る可能性があるのならば、それで良い。それが民主主義である。 台湾の民主主義の将来を考えて行くと、国家の将来について国民の間にコンセンサスが無い場合、はたして民主主義というものは機能するのであろうかという根本的な疑問に逢着する。 例えば一党独裁を主張する共産党、あるいはナチ党と民主主義政党が、政権を争う選挙をした場合、つまり、一方の勝利が民主主義の終焉を意味する場合、民主的選挙というものに意味があるかという疑問である。もう一つ、問題をもっと複雑にさせるのは、、共産党もナチ党も、その党の本質を考えれば、彼らが勝った場合の成り行きは明らかであっても、選挙の過程では将来の独裁体制を表明するはずも無いことである。あるいは現在の国民党自身は民主主義を維持するつもりであるのかもしれない。しかし、中国の望むところは明らかに異なる。中国の望むところは、台湾の併合であり、それがすぐ出来なくとも、香港のように一国二制度などの暫定期間の制度―それももう残り四十年となって来つつあるーを認めさせて、台湾の人民が将来自らを決する可能性を奪う事にある。しかも、それを受諾させるには、今回国民党が政権を持っている間でなければならない。台湾の人の台湾意識が進むにつれて、そのチャンスは再び来るかどうか解らない。 その方法は、名目的には「平和的統一」というアメリカが反対できない形をとらねばならないが、実際は武力の行使に至らない程度の武力脅迫のもとの強制によることとなろう。あるいは武力による場合は、米国に介入の余地を与えない電撃的な作戦であろう。 ということは次の総統選挙で国民党が勝った場合は、その任期中に、政治的軍事的危機が訪れる可能性があることを意味する。

 

■将来の見通しと対策 


 次の総統選で民進党が勝つ場合は何も問題は無い。中国はもとより失望するであろうが、民意で択ばれた政権を武力で脅迫する場合のアメリカの反応は明白であり、二〇〇八年の時点の軍事バランスではとうていそれは出来ない。 また民進党が勝つチャンスもある。現在民進党側には選挙で勝つモーメンタムは失われているが、それが台湾人が自らの運命を決することが出来なくなる恐れがある選挙だと言う認識が徹底して来れば、民進党時代八年間の台湾意識向上の教育の成果も表れるかもしれず、多数の支持を得られる潜在的能力は十分にあると思われる。

 問題は、国民党が勝った場合である。 中国側としてはありとあらゆる戦略を試みるであろう。軍事的脅迫によらず、三通政策を柱とする平和攻勢で、中国系企業、労働力の大量浸透によって、親大陸勢力の拡大を図る事も予想される。台湾意識を強調する教育政策の修正への圧力も十分予想されるし、それはまた大陸系の影響力保持に利益がある国民党の政策とも合致しよう。 こういう平和的施策に対しては、外部からの干渉は不可能であり、またそれ自体必ずしも悪いことではない。こんなことは40年前ならばネオコロリアリズムと呼ばれた、台湾資本による中国本土支配である。ただ中国は台湾の投資や投資家を人質にとって政治的圧力に使う恐れがある。しかしそれはWTOの精神にはする不公正慣行であり、これを阻止することは難しいが、国際的に一致して非難してそれに対抗することは出来る。

 そう考えると、もっとも注意すべきは軍事的圧力の下の脅迫であり、それによる極めて短期の間の解決を中国側が図ることであろう。 それは、何らかの状況変化を口実にして、経済封鎖、海上交通の妨害、ミサイル攻撃の脅しなどにより、あるいは事前に潜入した特殊部隊が放送局を抑えるなどして、外見的にフォルス・マジュール(不可抗力による強制)の状況を作り、その時の政権に、中国側の条件を受諾させることである。これに対抗する手段は、それが実はフォルス・マジュールではないと確信できるような事前の準備態勢を整えておく事である。それは端的に言えば、そのような場合に米国が台湾を見捨てないというしっかりした心証を得ておくことにある。実は、台湾関係法はその目的のために存在すると言って良い。この法律の起草者は明らかにこのような事態を想定して法律を作っている。

 

Taiwan Relations Act

Public Law 96-8 96th Congress

(b) It is the policy of the United States– 

(1) to preserve and promote extensive, close, and friendly commercial, cultural, and other relations between the people of the United States and the people on Taiwan, as well as the people on the China mainland and all other peoples of the Western Pacific area;

(2) to declare that peace and stability in the area are in the political, security, and economic interests of the United States, and are matters of international concern;

(3) to make clear that the United States decision to establish diplomatic relations with the People’s Republic of China rests upon the expectation that the future of Taiwan will be determined by peaceful means;

(4) to consider any effort to determine the future of Taiwan by other than peaceful means, including by boycotts or embargoes, a threat to the peace and security of the Western Pacific area and of grave concern to the United States;

(5) to provide Taiwan with arms of a defensive character; and

(6) to maintain the capacity of the United States to resist any resort to force or other forms of coercion that would jeopardize the security, or the social or economic system, of the people on Taiwan.

(c) Nothing contained in this Act shall contravene the interest of the United States in human rights, especially with respect to the human rights of all the approximately eighteen million inhabitants of Taiwan. The preservation and enhancement of the human rights of all the people on Taiwan are hereby reaffirmed as objectives of the United States.


B項 合衆国の政策は以下の通り。 

 (1)、合衆国人民と台湾人民との間および中国大陸人民や西太平洋地区の他のあらゆる人民との間の広範かつ緊密で友好的な通商、文化およびその他の諸関係を維持し、促進する。 

 (2)、同地域の平和と安定は、合衆国の政治、安全保障および経済的利益に合致し、国際的な関心事でもあることを宣言する。 

 (3)、合衆国の中華人民共和国との外交関係樹立の決定は、台湾の将来が平和的手段によって決定されるとの期待にもとづくものであることを明確に表明する。 

 (4)、平和手段以外によって台湾の将来を決定しようとする試みは、ボイコット、封鎖を含むいかなるものであれ、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、合衆国の重大関心事と考える。 

 (5)、防御的な性格の兵器を台湾に供給する。 

 (6)、台湾人民の安全または社会、経済の制度に危害を与えるいかなる武力行使または他の強制的な方式にも対抗しうる合衆国の能力を維持する。

 C項 本法律に含まれるいかなる条項も、人権、特に約一千八百万人の台湾全住民の人権に対する合衆国の利益に反してはならない。台湾のすべての人民の人権の維持と向上が、合衆国の目標であることをここに再び宣言する。

 

 問題はこの台湾関係法の目的を達成する具体的な措置を考えることである。 それは米台間に、密接な軍事協議関係を作っておくことにあると思う。 端的に言えば、時の台湾政府が、中国の強烈な軍事的圧力に抗し切れず中国側の条件を呑む前に米国と協議できるような態勢を作って置くということである。そのためにはその前から綿密なシナリオ・スタディーを積み重ねておく事が重要である。政府間の協議に困難があるならば、公式に限りなく近いセカンド・トラックであっても良い。そしてその種の米台協議を民進党が政権を執っている間に両国間で制度化することである。一端始めた米台協議を中止するということはそれ自体大きな政治的決断をようすることになる。 それは中国にたいして挑発的であるという批判も出よう。しかし、この協議をつづけることにより、選挙の結果にかかわらわず、台湾の民主主義が、脅迫に屈せず継続される保証となり、脅迫が無効であることになって、台湾海峡の平和と安定が確保されるのである。さもなければ、国民党政権の続く間中米国は台湾海峡の危機に常に備えていなければならなくなる あとは、台湾海峡を巡る軍事バランスが崩れないよう、おさおさ怠り無く情勢を注視し、しかるべき対応策をとっていれば良いのである。

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