【正論】元駐タイ大使・岡崎久彦 日米一体で北に正常化圧力を
2009.5.13 03:14
<<果実をあせった米前政権>>
北の核開発が問題となってから今までの米朝交渉には大きく言って二つの型がある。
一つはクリントン時代の枠組み合意である。その基本的情勢判断は当時の文書を見れば明らかな通り、軍事的衝突は100万近い犠牲者を出す恐れがあり、この際妥協しかないということであり、妥協の内容は、大筋では、北は寧辺の施設の稼働をIAEA(国際原子力機関)の査察の下に凍結し、見返りとして重油などの供与を受けるということであって、北は1994年から2002年までこの妥協を忠実に実施している。
もう一つはブッシュ大統領になってからの北を悪の枢軸と呼ぶ政策であり、理論的には、北の崩壊を予想しないと成立しない政策であった。そして、北のウラン濃縮疑惑を理由として枠組み合意を中断したが、結果として、北は崩壊せず、寧辺を稼働して2006年には核実験を行った。
その意味ではブッシュ政策は失敗だったが、成功の可能性が無かったわけではない。核実験後日米は北に対して厳しい制裁措置を執り、北は忽ちに困窮した。それをもう1年続けていたならば、今度は、クリントン時代のようなアメによらず、ブッシュ氏の本来の政策であるムチによる譲歩獲得も可能だったかもしれなかったが、米国務省が、同盟国日本に協議せず、制裁の果実を過早に収穫することに走ってしまった。
<<実質問題は2国間が有効>>
そして、金融制裁解除、テロ国家指定解除などの代償を与えて、その結果、寧辺の施設を一部破壊させたが、今や北はその修復を宣言している。つまり、今となってみれば全く不必要な代償を与えた上で、クリントン氏の枠組み合意前の状況を次の政権に引き継ぐこととなった。
修復をやめさせるためには、少なくとも油か金の代償を要求されることは目に見えている。しかし、それでも既に生産したプルトニウムは廃棄しないであろうから、これ以上の生産にストップをかけられるだけであろう。
これからどこに戻れば良いのだろう。六カ国協議は何も実質的な成果を挙げなかった。成果と言えるのは、時々、中国の仲介で北の会議出席を実現しただけである。単なる会議出席と実質問題との取引は意味をなさないことは外交の当事者ならば誰でも知っていることである。
過去の米朝交渉で最も成功したのは1998から1999年にかけての元国防長官ペリー氏の交渉であった。それは、地下の核疑惑施設の現地査察とテポドン発射の自主規制を実現させ、与えた代償は、枠組み合意の継続の他は若干の人道的援助だけだった。
それよりも特筆すべきは、交渉に当たって、ペリー氏は同盟国たる日韓との完全な合意を前提条件とし、繰り返し三国の協議を重ねた上で、三国政府が承認する共同提案を北に提出し、この成果を勝ち取ったことである。
日本側の代表だった、後の駐米大使加藤良三氏は今でも最も成功し、日本にとって最も満足な交渉だったと追憶している。
今後の問題として、六カ国協議を再開することには異議はない。ただ、外交の実務に携わる者が誰でも知っている一般的原則として、多数国間会議よりも二国間協議の方が実質問題の解決に適している。
今後、日韓両国と完全な協議の上での米朝二国間交渉に期待したい。
<<核全廃と拉致完全解決で>>
そこで私には提案がある。
日朝正常化が実現すれば、北は1965年の日韓正常化の際の総額5億ドルの補償に相応した補償を日本に求めるであろう。
南北の人口、面積の格差もあり、その後の貨幣価値に変動もあるので、額の算定はその時の交渉如何(いかん)であろうし、日本政府は、その額を明言したことは一度もないが、巷間1兆円という数字も出ている。それは今まで米国が与えた譲歩とは桁(けた)の違うものであり、核全廃の代償となり得る額と想定される。
私の提案はこれを日米同盟の共同財産とすることである。即(すなわ)ち、日米による北との正常化交渉を一体化して、核計画の全廃と拉致事件の完全解決を一歩も譲れない条件として、米国が日韓両国を代表して交渉を行うことである。
韓国は米朝、日朝国交正常化の最大の利益関係者であり、また、日韓正常化の際の補償との均衡の問題にも関心があろうから、参加は当然である。
それだけ明確かつ大義名分のある目標があるならば、その実現まで、今回のミサイル実験を契機として、いかなる厳しい制裁であっても、これを実施し継続する正当な理由がある。そしてまたそれは、日米の対北朝鮮戦略に一貫性を持たせることとなる。
北は反発しようが、軍事面では、北の通常戦力は弱体化し、核、ミサイルはまだ開発中と想定されるので、当面はこれに対抗する戦略は持ち得ないと考えられる。
(おかざき ひさひこ)
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