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村田発言の誠意を無にするな

【正論】村田発言の誠意を無にするな 元駐タイ大使・岡崎久彦


2009.7.7 02:33


■今回も失望した事後対応 


 核問題に関する村田良平・元外務次官の発言を新聞で見た時は、私はこの問題の新たな発展を期待して胸を躍らせた。 

 村田氏とは電話一本していないが、捨て身の発言であることは聞かなくても分かる。公務員には職務上知り得た秘密を守る義務があり、それは退職後も適用され、懲役1年に及ぶ罰則もある。その危険を敢(あ)えて冒しても真実を語ろうという覚悟と見受けられた。 

 永年の牡蠣(かき)がらのように固まった政府答弁を崩すにはこの位の捨て身の業が必要なのであるが、その後の展開は従来と全く変わらないのには失望した。 

 これは、誰も傷つかない「事無かれ策」でもある。そういう事実は無いというのなら、守るべき秘密はもともと存在しないのだから保秘義務もない。すべては再び沈黙の中に葬り去られることになる。ただそれは、日本だけの沈黙であり、国際的には全く通用しない。あたかも駝鳥(だちょう)が叢(くさむら)に首を突っ込んで狩人から隠れたつもりであるのと同じである。 

 ライシャワー博士(元駐日大使)に生前お目にかかった時は「大平外相ははっきり約束していたのに」と、憤然としてと言うよりも、馬鹿馬鹿しくて話にならないという調子で語られた。またその後米国の外交文書の中に、その会談の事実が確認されたという。私が心配するのは、いつまでもこんなことをやっていると、日米同盟強化のための日米間の戦略的対話ができないということである。  


■保秘義務に反しない発言 


 この前の正論にも書いたが、ブッシュ前政権時代のアーミテージ氏の日米戦略対話は何ら実を結ばず、そのあとのゼーリック氏の米中戦略対話は大きな業績を残した。両方とも、米国側は相当な意気込みでやった対話であり、この失敗で米国側の咎(とが)に帰すべきものは何もない。 

よく、アメリカは今や中国の方が重要で日本は置き去りにされるだろうと言う人は多いが、アメリカ側に関する限り現状ではその心配は全く無い。キャンベル氏は言っている。「中国を扱う最善の方法は日本とのパートナーシップをできる限り強化することであり、他の選択肢は無い。その基礎が無ければアジアでは何もできない」 

 そこで私が心配するのは、日本が戦略対話の無能力者であるためにせっかくのアメリカ側の好意的姿勢に応えられないことである。 

 北朝鮮の核武装を前にして、日本に対する米国の核の傘の実効性の問題、いわゆる拡大抑止力の問題の議論が喧(やかま)しい。同盟国間で軍事戦略を論じる以上、核戦略論は避けて通れない。現にNATO(北大西洋条約機構)では、核計画グループNPGがNATOの核戦略を随時討議している。 

 日米間にも当然に同じような協議と計画の場が望ましい。しかし、日本がいったん約束したことまで知らないとシラを切っている状況で、共通戦略などどうやって議論するのだろう。 

 村田氏の発言が保秘義務に反するかなどは、村田氏にとっては末梢(まっしょう)事であろうが、私は違反にならないと思う。裁判になれば秘密の実質的内容、つまりそれが真に保秘義務の対象とすべき秘密かが問われる。役所内の不正の内部告発は守秘義務に抵触しない。それは本来秘密にすべきでないものを漏らしているからである。このケースもすでにアメリカの外交文書で公表されているものであり、極めて特殊かつ姑息な理由以外では秘密にする必要はないものである。  


■将来の手を縛られない方策 


 今回の発言で私が期待したことは、もうそろそろ従来の姑息(こそく)な政府答弁はやめて知的正直さ(インテレクチュアル・インテグリティー)に立ち戻ることである。 

 その後の軍事技術の進歩によって、この問題が実態に及ぼす影響は少なくなっている。問題は、同盟の信頼関係、戦略対話の基礎である知的正直さである。今正直に戦略対話をすれば、核兵器搭載艦船の寄港は情勢の大きな変化が無いかぎり不必要であるという結論が出る可能性もある。 

私は今後とも、自民党政府の姿勢の変化を期待する。 

 民主党政権の場合は、願わくば、自民党時代の惰性を脱して、大平ライシャワー間の国際的約束の存在を認め、民主党の知的正直さを示した上で日米戦略協議の場を新たに構築して欲しい。 

 マスコミなどは、政権成立早々、非核三原則の解釈も含めて従来の政府答弁の再確認を求めるであろう。民主党としては、すべての問題について自民党時代の先入観に捉われす、必要に応じて抜本的に見直す用意があると言って、過早に言質を与えないで欲しい。それができてこそ二大政党制の意味があり、民主党の勝利は歴史的意義があることになる。 

 過去の答弁に捉われなければ、たとえば集団的自衛権について、「権利はあるが行使はできない」などという答弁は、イデオロギーの左右を問わず、知的に正直な人間が到底口にすることができなくなるであろう、と期待する。(おかざき ひさひこ)

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