【正論】選挙戦で「安保論議」の土俵を 元駐タイ大使・岡崎久彦
2009.8.19
■日本の政治もここまで
自民、民主両党のマニフェストが出そろったのを見ると、よく日本の政治がここまで来たと、感無量である。
かつて半世紀以上自民党一党支配がつづいたときは、野党は政府の片言隻句を取り上げて批判するだけで、自らは具体的な政策の選択肢を示さなくて良かった。
それは自民党にとっても同じだった。保守政党として当然はっきりした政策を示すべき事案であっても、そうすると野党と対立して国会が紛糾するので、あえて政策論争となることを避ける中道、中立的な態度を取って来た。
そして、現に、多くの場合、この事なかれ主義は、国会審議を予定通りこなして予算を成立させるために有用な役割を果たした。
しかし、次の選挙以降、いずれかの党が政権を担当する現実的な可能性が出て来るとなると、政策論争はもはや避けて通れない。しかも、それが40日間にわたって行われる。すでにTV討論では数多く行われている。
ここでは、外交安保政策に関する点に限って、それぞれのマニフェストを比べて見たい。
■集団的自衛権で光る自民
民主党の外交マニフェストは、はっきり言って、何も言っていない。別に悪口を言うつもりはない。過去の自民党の政策表明は大体そんなものだった。
「日本外交の基盤として緊密で対等な日米同盟関係をつくるため、主体的な外交戦略を構築した上で、米国と役割を分担しながら日本の責任を積極的に果たす」と言っている。
「対等な」が、防衛努力の均等な負担を意味するのならば前向きの態度として評価できるが、ただアメリカに肩を張ってみせるだけというのなら有害無益である。その他、何が「緊密」、「主体的」、「積極的」なのか、その内容は一向にわからない。 唯一具体的なのは地位協定の改定であるが、どこをどう改定するか言っていない。書きようもないであろう。最も問題にされている刑事裁判手続きについては韓国、ドイツより日本の協定は有利である。だから、反対は米軍基地そのものに対する反対闘争の形をとって来た。となると「緊密な日米同盟関係」や「日本の責任を積極的に果たす」と両立しなくなる。
これに比べて今回の自民党のマニフェストは出色である。
とくに感心したのは私がその解決を30年間求めて来た集団的自衛権の扱いである。
集団的自衛権という法理は一般の人には分かりにくい。またすぐ憲法改正論議と一緒になって、「解釈改憲などという姑息(こそく)な手段でなく堂々と憲法改正すべきだ」などという、カッコだけは前向きでも、実際は、近い将来に実現可能性のない、憲法改正をたてにとって問題に正面から向き合うのを逃げるという、それこそ姑息な態度を許してきた。
ところが、自民党のマニフェストは、日本を守っているグアム、ハワイ、米本土向けにミサイル攻撃が行われた場合、日本が途中で迎撃しても良い、また日米両艦が同じ目的で行動しているときに、日本艦が攻撃されれば米艦は当然のように来援するのだから、米艦が攻撃された場合は日本艦が助けに行くのは当然だ、という、常識人が誰も反論できない具体例で論じている。もともと、これが憲法問題だという政府解釈自体がこじつけを重ねた論理であるから、これで良いのである。
表現がこうなった経緯には紆余(うよ)曲折もあったようであるが、出来てみると、この2つさえ実現できれば、問題の根幹の部分は解決されることになる。
■民主党も具体論で勝負を
それがマニフェストでさらりと明言されているのである。
たまたま、時を同じくして「安全保障と防衛力に関する懇談会」の報告が出された。この内容はこの秋に策定される防衛計画の大綱に反映されることとなる。
その中には、まさにミサイルの迎撃、米艦防護の上に武器輸出三原則の見直しも書いてある。
すべて、政策論争欠如の時代の残滓(ざんし)であり、もし、国会でまともな政策論争の対象となっていれば、とっくの昔に吹っ飛んで居たような粗放、非論理的な制約である。現に自民党のマニフェストが発表されて以来、どこからもまともな批判は出ていない。
もし自民党が勝てば、今回の政策論争のお陰で、ただちにこれが自民党政府の政策となる。もし民主党が勝った場合でも、いったんこれが議論の俎上(そじょう)に載ってしまった以上、今度は野党となった自民党の批判を前にして従来の線を墨守するのは難しいであろう。
むしろ、今回湧(わ)き起こった政策論争をキッカケに、超党派で、安保防衛政策の抜本的見直しが行われることを期待する。民主党のマニフェストは具体的には何も言っていないのだから、ある意味では白紙であり、柔軟な態度を取る余地が十分にある。まして集団的自衛権は憲法問題でないと考えれば制約から解き放たれる。
(おかざき ひさひこ)
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