2008年3月26日
民主政治で一つの政党が永く政権を持てば、スキャンダルも発生して民心は倦(う)む。しかし、台湾の総統選挙の結果はそれが予想させる以上の国民党の大勝であった。
しかし、そのことは、かえって-負け惜しみでも何でもなく-台湾の将来について一種の楽観的な見通しを持たせるものかもしれない、と思うに至っている。
つまり、台湾の有権者は国民党の勝利が中台統一の可能性に結びつくとは全く考えていなかったということである。そうでなければチベット事件の最中に統一の可能性のある選択をするはずがない。
むしろ、当選した馬英九候補は初めから統一を支持しないと言っていたし、オリンピック・ボイコットさえ示唆した。また選挙戦を通じて、国民、民進両党候補はそれぞれがいかに台湾人意識を持つかを競い合ったと言う。
従来私は台湾の自由と民主主義の将来について危惧(きぐ)を持っていた。民主主義は、与党と野党が民主制度の維持について、共通のヴィジョンを持っていなければ成立しない。
ナチスのような独断的な国家観を持つ政党を民主選挙で選ぶということは、民主的方法で民主主義の終わりを選ぶということである。
台湾の場合も、一国二制度を受容するような政権を選ぶということは自由と民主主義の終わりを意味する。
香港では10年経っても普通選挙が行われていないが、実は、そんなことは末梢(まっしょう)的である。問題は香港の自由があと40年しか残っていないということだ。50年を100年にしても同じことである。自らの子孫の自由を放棄すると約束することである。
<<国民党でも安心?>>
私はそれを憂慮した。中国の胡錦濤が提案し馬英九候補がこれに応じた和平協定交渉による平和的方法による場合でも、あるいは軍事的脅迫により屈服を迫る場合でも、総統が国民党である場合は、一国二制度に近いものを受け容(い)れる可能性が高いと考えたからである。
そして、その可能性がゼロになるまでは民進党が政権を持つ方が安全と考えたのである。そうなれば民主的な政権の交代が行われても台湾の将来に心配がないからである。
今度の選挙の結果は、ひょっとすると、あるいは台湾はもうそういう段階に達しているのかもしれないという希望を持たせてくれた。
もちろんまだ手放しの楽観は許されない。国民党が立法院の4分の3と総統の両方を持っているという状況は二度と訪れないかもしれない。中国がそのチャンスを生かそうとするのは自然であろう。
私は、今度の選挙の結果から中国が誤ったシグナルを受け取らないことを希望する。馬英九候補が大勝後「これは台湾人民の勝利」だと言ったことの背後にある台湾の民意を中国は理解すべきである。
<<米中の対応に注目>>
中国が従来、プロパガンダか真意かはともかく、これまで標榜(ひょうぼう)していた経済の相互依存を深めることによる自然な統一の政策を採るのならば異存はない。
私は元来政治と経済とは別のものと考えている。ただ、経済依存度の深まりを利用して、中国に投資した台湾企業に対する脅迫などの不正な手段を政治的に利用させないよう厳に警戒すべきである。
今回の選挙結果から誤ったシグナルを受け取るべきでないことは、アメリカの一部の中国専門家にも言えることである。これで台湾海峡はしばらく現状維持で心配ない、とほっとすることは妥当である。しかし、これで将来統一の方向で台湾問題が解決すると想定することは、台湾の民意の重大な読み違えを犯す危険があることを指摘しておきたい。
最後に、将来民主主義の作用によって、振り子が逆に戻ったとき台湾独立が醸し出す危険については、その危険は幻想であることを指摘しておきたい。台湾はすでに国際法上独立主権国家として認められる実体を有している、欠けているのは国際的承認だけである。より端的に言えば米国と日本による承認である。
しかし米国政府は従来の米中政府間のコミュニケでがんじがらめになっているし、日本はこの問題で独立して行動する政治力を持たない。とすれば、台湾が独立を公式に宣言しても、現状と異なること皆無である。
国民党、というよりも台湾の民意が統一反対に徹している限り、台湾の中には台湾の将来について安定したコンセンサスが存在することになり、それは、民主主義のルールの下の政権の交代を可能にさせるものである。
(おかざき ひさひこ)
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